JUN KOBAYASHI

気の向くままに赴くままに地球をふらり

ティアドロップのおじいさん

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約250キロに及ぶ巡礼を終えてサンティアゴ・デ・コンポステーラに着いた日の翌日、地元民で賑わう気取らないバルでビールを飲んでいたら、古めかしいティアドロップのサングラスをかけた老紳士に話しかけられた。‬


‪世界を周ってる旅の途中なんだって話をしたらなんとなく意気投合して、一緒に飲むことになった。

聞けばイギリスの生まれで、もう長いことスペインで暮らしているようだった。歳は聞かなかったけど、第二次世界大戦が勃発する少し前に産まれたって言ってたからたぶん1930年代の産まれだと思う。1930年代のヨーロッパと言えばドイツでナチスが政権を握ったり、スペイン内戦があったりとキナ臭い時代だったと記憶している。私の好きなロバートキャパやヘミングウェイが活躍したのもこの時代だった。

 

そんな時代に産まれたおじいさんと並んで酒を飲んでいるのが妙に心地よかったのを覚えている。

 

‪彼は日本の文化だったり東洋思想に精通していて、わりに、というかかなり驚かされたんだけど、

 

そんな彼に何でこの世界に生を受けたんだと思う?って質問してみた。

 

(12日間も歩き続けていたからいらんことをよく考えていたんだね。その時は人が産まれた意味とか生きる意味とかをわりと真剣に考えていた)

 

そしたら彼はこう言った、父ちゃんと母ちゃんがmake loveした結果だよ。って‬。

 

‪正直笑っちゃったけど、彼はこう続けた。じゃあ私から質問だ。どうして彼らはセックスしたんだろう?

「愛があったから」私はこう答えた。じゃあ愛ってなんだろうか?抽象的な言葉ではぐらかせない絶対的な何かで説明してくれ。彼は立て続けに質問した。

 

‪うまい答えが思い浮かばなくて、答えに窮していたら、彼はこう続けた。「その意味を理解することがこの世に存在を受けた意味だよ」って。そうか、愛とは何かを理解しようとすることが生きる意味なのか。そうなのかもしれない。そんな気がした。‬

 

‪「おじさんはその愛とやらを見つけたの?」

 

彼はニコッと何も言わずに頷いた。それ以上私は何も聞かなかった。それで満足だった。

 

そしておじさんは私の分のお会計も済ませて店を出て行った。‬

 

真っ赤な夕焼けを浴びて輝くサンティアゴの街並みを歩いて宿まで戻る帰り道、おじいさんがこの後、孫の家に遊びに行くんだって嬉しそうに話していたのをふと思い出して私はなんだか満たされた。

 

たぶんその日私は世界で二番目に幸せだった。おじいさんの次ぐらいには。

 

世界一周から帰国して思うこと

帰国して40日と2日が経過した。日数に関して言えば特に深い意味はないのだけれど、意識的にか無意識的にか、振り返ることを遠ざけていたような気がする。人生で一番無意味な1年を振り返ること(人生に意味を求めなくなったという意味でこの1年は無意味ではなかったと思う)、それはつまり濃密かつ空虚な360日に及ぶ日々、旅(旅は日々であり日々は旅であるなんて安っぽいことを言いたいわけではない)を自分の中で再定義することだ。

 

経験を言葉に落とし込んだ途端その経験は本来自分が得たものとかけ離れていってしまう気がして、こういった「経験を振り返る」といった作業が苦手だ。そうして無理して紡がれた言葉はどうも嘘のきらいがある。(ただそれでも物書きを生業にして生きていくと決めた以上それは避けて通れない業でもある)義務教育の弊害ここに極まれり。修学旅行の感想文だって体育祭の思い出だって夏休みの読書感想文だって「楽しかった」でいいじゃないか。それ以上でもそれ以下でもない。純粋な感情以上に美しい存在は純粋な憎悪以外世界に存在しえない。

 

物事にはいつだって2つの側面がある。いや、もしかしたら3つも4つも10000ぐらいあるかもしれない。それでいいのだ。むしろそれがいいのだ。なのに人はいつも物事の片面だけを手に取ってわかった気になっている。サランラップにだって表と裏があることさえ知らずにね。

 

世界に存在するありとあらゆる事象を見渡したって、あれはあれ、これはこれ。と簡単に線引きできることなんてほとんどない(と勝手に思っている)

なのに人は対象を線引きしたり、枠に閉じ込めようとしたり、ラベリングしたりして物事を理解しようとする。

 だから現実と事実の間に齟齬が生まれ本質を見紛うのだ。現実は事実であり事実は現実ではない。

 

なぜ人はそういったできもしないことをするんだろう。

 

たぶんそれは「恐怖」故だ。

 

わからないからこそ怖いのだ。未知なる恐怖。

でも人は理解不可能と思しきものを少しでも理解できた瞬間その恐怖は少し軽減される。

そう、知ることで人は強くなるし知ることで世界は広がるのだ。

 

だから私は知ろうとした。モンゴル人をロシア人をアイスランド人をコロンビア人をキューバ人を。

彼らの文化を、彼らの生活を、彼らが何を思い何を考え生きるのか私は知りたかった。そうすることで私は強くなりたかった。世界を広げたかった。(知ることは不必要なトラブルを回避することでもある)

 

モンゴル人の何者も拒まない懐の広さ、ロシア人の真面目で実直な生き様、大自然に生きるアイスランド人の叙情性、コロンビア人のおせつけがましい親切心、キューバ人の底の見えない明るさ。

彼らの持つ生命体そのもののエネルギーは今でも私の中に生きているし、欲を言うならば私の日本人としてのエネルギーも何らかの形で彼らの中に刻まれていればいいなと控えめに思っている。

 

それでも長く旅していると彼らとの出会いに疲弊することもあった。言葉の通じない苛立ち、相反する価値観、混沌の中のコミュニーケーション。

自らのことで精一杯で人に目をやる余裕もない日もあった。生きるために歩き、生きるために話す。生きることが第一条件であった。

疲れ果てた身体はベッドの奥深くに沈み込み、浅い睡眠が悪夢をまぶたの裏に描き、どうすることもできない恐怖から目を覚ます。

できることならこのまま眠り続けていたいと思う日が一年のうち三分の一ぐらいはあった。

先行き不透明な現実は焦燥感をもって思考を妨げるがしかし、思考をやめた瞬間待つは死のみ。思考し続けなければならない怖れが続く毎日。

 

そんな時思ったのだ私は。

人の前に世界があったのだと。人が世界を作ったのではない世界はもともとそこにあったのだと。

 

モンゴル人もロシア人もアイスランド人もコロンビア人もキューバ人も、その土地に生きているならばその土地の自然の影響を多かれ少なかれ受けているはずだ。

ならばその土地の自然に接することでその土地の人々のことがより一層わかることができるかもしれない。そう考えるようになってから私は人と触れ合うことより自然の中に身を置くことを大切にして旅を続けた。

 

良いも悪いもない。人の一生が多様なように旅の仕方も人によって千差万別だ。(世界の美食だけを求めて旅を続けるスペイン人に会った時は羨ましさで発狂するかと思ったが)

 

私はこの旅に出るまで、呼吸を止めてしまいそうになるほど静かな森の緑も見たことがなかったし、死ねるほどの海の青さに飛び込んだこともなかったし、泣き出したくなるほどに美しい太陽の赤にも出会ったことがなかった。

 

およそ地球上の人間の半数以上が一生かかっても到達できない世界に私は齢四半世紀にして既に出会ったのだ。

 

そうして私は知らされた。なにも知らなかったということを知らされた。

 

ありふれた幸福論をかざすつもりはないがその時私は幸せだった。

 

世界は善意と悪意のステレオタイプで満ち溢れていて、私は知らず知らずのうちそのようなステレオタイプに侵されていた。ある時そのステレオタイプは機能したし、ある時、いやほとんどの場面においてそのステレオタイプは覆された。

 

本当のことなんてなに1つわかってはいなかった。テレビやSNSを介して得られる情報は見栄えよく切り貼りされて加工された一部分でしかないのにそれが真実だと錯覚する。

ある意味私たちは情報化社会の被害者だ。知りたくもない情報が氾濫し過ぎていて知りたい情報は簡単に手に入らない。圧倒的な情報量の前に人は無力だ。

 

こうしてあなたが私の文章を通して見た世界も私によって切り貼りされた世界の一部分でしかない。それは私にとっての真実であるがあなたにとっての真実ではない。

 

結局のところ本質的な理解とは自らの原体験に依拠するしかないのだと思う。

 

その理解が正しいのか正しくないのかが問題なわけではない。思考し経験しまた思考すること。このプロセスが重要なのだ。

 

 旅立つ少し前に書いた文章で私はこんなことを言っていた。

 

「点と点を結んだその線上にある時間と空間、人間との関係性、そのいっさいの中に自分自身を置くこと。置かれた状況を生き抜くこと。そして楽しむこと。」

 

「行きたいから行く。食べたいから食べる。眠いから寝る。シンプルな衝動こそ真っ直ぐで美しい。」

 

私の旅は24歳の自分が掲げた目標に忠実だった。こんな旅の仕方はもう二度とできないだろうし、あの時点ではこれが限界だったのだと思う。

生きて帰ってきた今、これでよかったのだと、これが正解だったのだと胸を張って言える。

 

おつかれ自分。

 

東京にはもう長いこと雨が降り続いている。

肌に刺さり肉をえぐるような冷たい秋雨だ。おかげさまで風邪も引いた。声帯はどこかにいってしまった。だから書くことしかできなかった。

ただどうしてもそんな時に書く文章には雨の匂いが染み付いてしまう。

まーそんな文章も嫌いではないのだけれど。

 

でもやっぱり心の中では空高い秋晴れのような文章を書きたいなと思っていたりもする。

 

 明後日には晴れますように。

 

 

シャワーの水圧と温度と女の子の相関性

そろそろ帰りの航空券を買おうかなと考えはじめた。

旅に満足したからっていう理由ではなくてお金が底を尽きたからというなんとも情けなくおれらしい理由だ。

 あとちょっぴり日本が恋しいってのもある。正確に言うと寿司とラーメンと千葉ニュータウンとモカ(愛犬)とAカップのあの子が恋しい。

 

それでも帰りの航空券を買おうかなと悩み始めてもうすぐ2週間ぐらい経つ。

 

その2週間何してたのって聞かれるととても困る。なにしてたんだろうおれ、あんまり覚えてない。

広場の工事の音で目を覚まして、おはようと同時に誰かと乾杯して、気の抜けたビールで食べかけのサンドウィッチを流し込んで、地元民で賑わう炎天下の公園を歩く。

 

これといって何も特別なことはしてないけど、こんな生活がたまらなく愛おしい。

 

帰りのチケットを買うということはこの生活に見切りをつけるということだ。こんなに悲しいことはない。

 

これは留学時代好きだった女の子が先に帰国してしまった時と同じぐらい悲しい。あの時言えなかった言葉は喉に刺さったアンチョビの小骨みたいに今も胸でチクチクしてる。

 

(バルセロナで再会したくせに気の利いたことは何一つ言えなかったおれですはい)

 

浴びるほど酒飲んで、吐いて、記憶なくして、首筋に得体の知れないキスマークと右腕に長さ15センチぐらいのミミズ腫れがあることに朝気がついて、もっかい吐いて、腹も下して挙句の果てに全身の倦怠感と寒気という風邪特有の合併症も併発してっていう生活を初子(お母さん)に見られたらものっくそ怒られるに違いないな。なんてことをぼんやりと脳内で反芻しながらぬるいシャワー浴びる。

 

あ、そういえば最近人に怒られることってないなとか思うし、怒ってくれる人がいるうちは幸せだなんてどっかの閉経間近のクソばばあが言ってたけど、たしかにそれもあながち間違いではないなと最近思うようになった。誰かおれを怒ってください、罵倒してください。トイレと部屋を日がな一日行ったり来たりするおれを罵詈雑言でけなしてください。 

 

(そしてケツ拭くたびにヤスリでケツ拭いてんのかってぐらいセンシブルになってしまったおれのケツを優しく労ってくださいお願いします) 

 

今回の旅で学んだ一番大切なこと、それはシャンプー代はケチるなってこと。1ドルとかで売ってるやつ使って秒で後悔した思い出。ガッシガシのおれのロングヘアーよさらば。排水口にたまる髪の毛たちを見てガダルカナル島で散っていた英霊たちの無念を思う。女子たちはいつもこんな恐怖と戦っているのかと思うと頭がさがる思いだ。

 

そう、だからおれはおとといパンテーンのシャンプーを買った。なんてエレガントな響き。6ドル。宿一泊分。ファッキンエクスペンシブメーン。サラサラヘアー最高サンクスメーン。

でも使ってびっくり、昔付き合ってた女の子の匂いがした。そしてなんだかその子に心臓を四方八方からボールペンで刺されたようなような痛みと、後ろから抱きしめた時の首筋から香るニホイがとても好きだったなぁだなんて甘い思い出が瞼の裏の脳内スクリーンにこれでもかってぐらい連続再生されて、これからシャワー浴びるたびに彼女のこと思い出さなきゃいけないのかよとか思ってやりきれなくなる。くそっ、目に泡入った。痛ぇ。もう甘いのか痛いのかわかんねぇ。風邪引いてるくせにダラダラぬるいシャワー浴びてるから風邪も治んないんだよな、反省。

 

それにしても匂いはテロだよ。ISISもびっくりするぐらい極悪非道のテロリスト集団だよ。

やつらは人の記憶の最深部の埃かぶったチンカスみたいな思い出ですら、鮮明な風景と質感を伴って脳を揺さぶるんだものね。そんなのだれも頼んでないのにね。思い出した時彼女はそこにいないのにね。

 

そういえばシャワーと女の子って似てるよなーと思う。

束縛が激しい子は熱湯シャワー

会話が成立しない女の子は温度調節が難しいシャワー

色気がない女の子はぬるいシャワー

冷水シャワーは口が悪い女の子

水圧が強いシャワーはキスの最中に唇を噛む子

 

自分好みの女の子を見つけるのが難しいように旅中パーフェクトなシャワーを見つけることは不可能に近い。

 

そりゃもう海外にはありとあらゆる種類のシャワーが存在する。

 

はじめは熱湯なのに2分後に真水に戻るシャワーってのもある。(このパターンが一番嫌いだ。思わせぶりな態度とっといて急にLINEぶちるなっつーの)

 

水圧は抜群だけど極寒冷水シャワーってのもある。(これはなんだか嫌いになれない)

 

水圧抜群の極寒冷水シャワーは口が悪くてキスが下手くそな不器用な女の子だ。

 

付き合ってるときは、なんでこんな女の子と付き合ってんだろってなるけど、別れてみるとあら不思議。不器用なキスが恋しくなったりする。

 

それは極寒冷水シャワーを浴び終わった、身体の芯からなんだかポカポカしてくる感覚と似ている。

 

そんな感覚はむしろ心地よい。目がシャキッとしておれ今日無敵最高岡田将生!ってぐらい爽やかイケメンになった気がする。そして普段はあんまり食べれない朝ごはんもたくさん食べれる気がしてくる。

 

違うか。

 

シャワーの良し悪しが気温に左右されるのと同じように、好みの女の子、付き合う女の子は自らの精神状態に左右される。健全な彼女は健全な男子に宿るのだ。

それは裏を返せば、あの女まじ最悪!乳首黒いくせに調子乗りやがって!とか言ってるやつはそいつ自身にも問題があるってことだ。

昔付き合ってた彼氏彼女のへの不平不満は自らに対するブーメランであることをお忘れなく。(女子もまた然りだぞ。あいつまぢエッチ下手だったとか言ってる暇あったら、お前ほんと早漏だな童貞かよクソ野郎っていう思いをオブラート包んでそいつに伝える術を磨きやがれ。たぶん全男子から感謝されんぞ)

 

何はともあれあなたが掴んだそのシャワーが素敵なものでありますように。

 

なんの話だったけ、あぁそうだ。帰りのチケットを買うに買えない話だ。ここまで長くなってしまった。

 

金も時間もないくせになにかと理由をつけてチケットを買わないのは、なんでだろ。

たぶん怖いからなんだろね。自由な暮らしを捨てることの恐れ。大人になることの恐れ。真っ当な人生を歩むことの恐れ。そうして明るみに出るであろう自分の弱さと対峙することの恐れ。そんな感情と向き合うことはたまらなく恐ろしい。逃げ切れるもんなら人生ずっと逃げ続けたい。逃げ足徒競走ではぶっちぎりで一位取る自信あるんだけど、そんなもの現実世界では1ミリも役に立たない。

 

そうかー逃げることはもう辞めにしなきゃいけないのか。無念。

 

考えてみれば今までの人生逃げてばかりだった。

児童会の執行役員。(野口先生ごめんね)ピアノの発表会。(仮病でレッスン休みまくってごめんね)入試。(市進の田中はまじ許さん)好きだったあの子。(もはや何してんのかも知らんわ)ダブルフォルトを積み重ねて負けたあの試合。(ガンディー元気かな)降りかかる責任と重圧。(責任転嫁ばっちこい)

 

あー。そんなもんからおれはずっと逃げ続けていた。たぶん人目にはそう映らなかったと思う。なんかあってもおどけてヘラヘラしてみせるのは得意だったから。ほんとはすんごい悩んで傷ついてたくせにね少年

 

でも最近思う。

にんにくマシマシこってこてのもつ鍋みたいな消化しようとしても消化しきれない後悔、焦燥、不安、恐れみたいなものと逃げないで向き合うのも悪くないなって。

そんな感情を抱えながら生きるのはきっとそんな悪いもんじゃない。苦くて、酸っぱくて、しょっぱくて、少し甘みのある、そんな搾りかすみたいな思い出とも感情とも言い切れぬ存在がその人らしさを作っていくんだなと思うようになった。

 

そう、だから彼女に伝えたいこと伝えられなかった時胸に刺さったアンチョビの小骨も大事にして生きていこーって思う。

 

おれの敬愛する草野マサムネがこう言ってた。

 

「ずるしーても ま じーめにも いきてーいけーる きーがしたよっ」て。今になってこの歌詞の意味がすごいしっくりくる。

 

どんな生き方したっていいんだよね、きっと。

ぐらーしあすマサムネ。

 

徹底的な同調圧力に基づく相互監視社会の一歯車となって身を粉にして働く覚悟はまだできてないけど、んーそーだな、なんだか日本帰る気力が湧いてきた。大好きな人たちとへべれけになるまでうまい酒飲みたいしね。

 

よし、明日頑張って帰りの航空券取ろっと。

 

そんな感じでおしまいおしまい

 

小林は旅と英語の関係性について考えた

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初めてひとり旅したのは大学1年生の春休み。大学にもろくに通わずバイトに明け暮れ、旅の資金を稼いでいた。

 

これが大学生の本来あるべき姿だと思っていたし、

(沢木耕太郎の深夜特急かなんか読んで深く感銘受けてしまったんだねきっと。それ自体は悪いことではないんだけど、やっぱりあの頃の自分は視野が狭かったなと思う。恥ずかしいなあ)

 

真面目に大学に通う人を見ては「何が楽しくて学校通ってんだろう」とか「昼休みに罪刑法定主義にについて語り合うなんてどうかしてるぜ」なんて思っていたりした。

 

そう、小林はなんとなくで法学部に入ってしまった為、勉強する楽しみをそこで見出せなかったのだ。

 

今となっては勉強を疎かにしていたことをものすごい後悔しているし、もしやり直せるなら大学一年生に戻って、教科はなんであれちゃんと勉強してみたい。勉強するってことはかっこいいことなんだよね。

 

(これは人生をやり直したいなんてほとんど考えない小林が唯一やり直したいと考えること)

 

初海外ひとり旅の行き先はオーストラリアにした。

 

なんでオーストラリアに行きたかったんだろう。

正直な話あんまり覚えていないんだけど、テレビで見たエアーズロックの姿があまりに美し過ぎたからだったと思う。旅のきっかけなんて案外そんなもの。

コアラも抱っこしてみたかったしね。

 

(旅の途中コアラは臭いって聞いて抱っこするのは諦めたぐらいだから、コアラに対する思い入れはそんな強くなかったんだと思う)

 

あとはやっぱり英語が通じる国が良かったってのもある。

大学受験もある程度頑張ったから、英語力に関しては割と自信があったし、英会話?余裕余裕って勝手に思ってた。

 

(まぁそんな幻想は後々粉々に砕かれることになるんだけども)

 

旅のルートは、ケアンズ→エアーズロック→シドニーを2週間で廻るルートを考えていた。

宿もツアーも何も予約せず、とりあえず往復の航空券だけ取って向かうことにした。

 

(人それぞれ旅の仕方があると思うんだけど、当時の小林はそういう無鉄砲な旅のスタイルがかっこいいと思ってたんだね、若いっていいなあ)

 

焼け付くような日差しと南国独特の湿り気。熱風が身体にまとわりつく感覚。

 

ケアンズの空港に到着した時襲ったあの感覚は肌感覚を通して今も鮮明に身体に刻まれている気がする。

 

しかし、小林はここである問題に遭遇する。

 

「英会話ままならない問題である」

 

ホステルの場所を尋ねても聞き取れない。

苦労してようやくたどり着いたホステルでも「今夜泊まりたいんだけど、空いてる?」っていう単調な会話さえままならない。挙句の果てには、同室になったオージーの女の子に「なんでそんな堅苦しい英語話すの?」って笑われてしまう。

 

受験英語が英会話で通用しないと身を以て知った瞬間である。難解な単語も構文も生のコミュニケーションにおいては何ら意味をなさないことをこの時知った。

 

(受験英語の全てが無駄なわけじゃないよ。それのおかげで単語力と基礎文法はしっかりしていたから、留学した時なんかは他の生徒さん達よりは伸びが早かったと思う。まぁそれでも語学の才能ある子には敵わないなぁと思ったりしたもんだけど)

 

留学という選択を強く意識したのはおそらくこの時だと思う。

生の英語に触れてみたい。欧米人と対等にコミュニケーションを取りたい。英語話せるようになってみんなにチヤホヤされたい。そんなことを漠然と考えたんだね。

 

(ある程度英語が話せるようになった今でも人にチヤホヤされることはないよってあの時の自分に教えてあげたい)

 

そんなもんだから、オーストラリアでの初海外ひとり旅は予想以上に苦労した。

 

(先住民にものすっごい高価な水奪われる事件とかクレジットカード止められて飛行機乗れない事件といった数々のトラブルはいずれ機会があれば書いてみたいと思う)

 

でもその苦労は決して捨てたもんじゃなかったと今では思う。

 

というのも、英語がわからないからこそ得られる喜びもあるからだ。

 

それは自分のブサイクな英語が苦労して伝わった時の達成感だったりするわけだけど、その当時の自分は英語がわからないからこそ何もかもに必死だった。

 

宿の交渉一つ、ツアーで出会う人との会話一つ、空港でのチェックイン一つとっても何もかもがチャレンジングだった。でもその分、それを乗り越えた瞬間大きな達成感を味わったのは確かだ。確かにあの喜びは今でも覚えている。

 

でも今となっては、そんなキラキラした喜びを味わうことはなくなってしまった。と留学を経て世界一周に旅立ち、チリのサンティアゴで燻っている小林は思うのである。

 

旅の最中において英語が話せることのアドバンテージは計り知れない。

 

まず余計なトラブルはある程度回避できること。

日本語では得られない有益な情報を入手できること。

他所の国の旅人と対等にコミュニケーションをとれること。

 

ただ個人的に、旅における英語力ってのは諸刃の剣だと勝手に思っていて。

 

というのは英語が話せるが故に、昔小林が体験したような苦労をすることが極端に少なくなるのだ。それ故に達成感を味わうことも少なくなり、旅に対する積極性が乏しくなる。そうして段々と感動が薄れていく。から

 

ドラクエで例えるならこんな感じ。

 

(これを読んでくれる人がどれだけドラクエに造詣が深いか疑問なのだがそこに関しては勘弁願いたい)

 

ある程度の英語力をもってして旅に出るということは、はがねの剣をもってして魔王討伐の冒険に出るのと同じことなのだ。

 

はがねの剣というのは勇者が冒険中盤に買うことが出来る極めてコストパフォーマンスに優れた武器であるのだが、ある程度の英語力をもってして旅に出ることは、冒険の初日、つまり王様から魔王討伐の命令を受けたその日に、宝箱かなんかからはがねの剣を偶然入手して旅を進めることに似ている。

 

(いつも思うけどドラクエ界の王様は相当鬼畜だと思う。魔王討伐を勇者に命令するくせに布の服とひのきの棒と現金200ドルぐらいしかくれないんだから)

 

そしてその事実が意味すること。それはつまりイージーモードで物語が進んで行くということなのだ。

 

考えてみてほしい、ひのきの棒から銅の剣、銅の剣から石の斧、石の斧から刃のブーメランというふうに徐々にいい武器を集めていく勇者が序盤からはがねの剣を入手できることの意味を。

 

冒険イージーモード。スライムなんてくそみたいなもんである。

 

ただしかし小林は問いたい。そんなイージーモードなゲームをプレイしていて楽しいかと。

 

楽しいわけなんてない。

 

それと同じことが世界一周にも起こりうるのである。

 

ある程度の英語力があるがために旅はイージーモードになりさがるのである。

 

旅に関してだけ言えばイージーモードなのが悪いわけではない。むしろ英語力があったほうがいいと思う。でもそれと引き換えに新鮮な感動を失ってしまう瞬間が多々あるのだろうなとこの旅で感じたことも確か。

 

(世界一周一カ国目の中国ではことごとく英語が通じず、Facebook、Instagram、LINEも使えなかったのでなかなかハードな日々が続いた。事前の下調べなしに乗り込んでいった自分を褒めたい。これに続くモンゴル、ロシアも英語が通じないからこその楽しみがたくさんあった。ドラクエで例えるならば中国、モンゴル、ロシアは、はぐれメタルと高確率でエンカウントする国。それ故に旅人しての経験値はごっそり稼げる。と思っている)

 

時々人様の旅ブログなんかを読んでいると(基本的に人様のブログは滅多に読まないんだけど)「この人全然英語話せないのにどうやって旅しているんだろう」と思うことがある。でもそんな人たちは彼らのブログ上においてとっても楽しそうなのだ。イキイキしていて無鉄砲で羨ましいなぁと心底思う。

 

そして自分はどうしてこんなに冷めた目で旅を続けているんだろうと思って急に悲しくなるのだ。

 

英語もある程度話せた。そして旅を続けていく内に自分を守る方法も学んだ。

 

(それはドラクエで言うと防御力の高い防具を買い足していくのと似ている。ドラクエの例えはもうやめにしよっか)

 

そんなふうにして旅を続けていくと、昔は非日常であった旅が日常化していく感覚を覚えた。

 

それは感動もワクワクもない生活。

腹が減ったから飢えを満たして排泄するだけの猿となり、考えることをやめそうになったこともあった。

 

危ない。考えることをやめたら本当に取り返しのつかないことになっていた。いくら考えても考えてもわけわからんこと、答えがないことを考え続けることに意味ががあるように思うようになった。そしてまたこの時代人間として産まれたことの意味を考えるようになった

 

少し話が逸れてしまった、申し訳ない。

とにかく言いたかったこと、それは「英語話せなくても話せないなりにいいことあるよ」ってこと。

 

(本当はそんなこと言いたくてこの文章を書いているのかもわからないんだけどまぁいいや、取り急ぎそういうことにしておこう。お、危ない、また考えることを放棄しようとしている)

 

前述の通り今小林はチリのサンティアゴにいます。南米にやってきて1ヶ月経過しました。

 

待っていたのは予想通り英語が通じない生活。

 

またしても遭遇した「英語通じない問題」

でも英語が通じないからこそ、旅における楽しみが増えてきました。

行くたびに水の値段が変わるミニマーケットのおじさんとの交渉も、バスの中で身にしみた理不尽な優しさも、何もかもが新鮮です。

 

ユーラシア大陸で培った経験即も旅のルールも通用しない世界。

 

正直言ってくっそ神経使うし、めんどくさいことが大っ嫌いな小林としては旅を続けること自体がめんどくさくなっている気がします。

 

それでもなほ旅を続けていられるのは、この南米という異世界が理不尽で美しいから。

 

理不尽だからこそ美しく興味深いのかもしれない。

 

まーそうでも言ってないと、すぐ荷物まとめて日本帰りたくなっちゃうってだけなのかもしれないけど。

 

さあ、19歳の小林が必要性に駆られて英語を勉強し始めたのと同じように、今年25歳になる小林は必要性に駆られてスペイン語を勉強し始めるのかどうか、乞うご期待。

 

(でも結局スペイン語に苦労しなくなると、旅に飽きたととか言いだすんだろうなー。我ながらどうしようもない性格をしているなと思う)

 

 

 

 

サンクトペテルブルク紹介(超簡易版)

ご無沙汰しています。稀代の遅筆家小林です。

早漏なのに遅筆家です。更新頻度の高い遅漏よりはましなんじゃないでしょうか。どうでしょう、女性の皆さん。

 

ところで私今現在、チリのプエルトナタレスという街にいます。

そして明日からパイネ国立公園というパタゴニア地方随一のトレッキングスポットで四泊五日のトレッキング兼キャンプを予定しています。

キャンプというと聞こえはいいですが、はい、どん。見てくださいこれ。

 

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地獄です。なんの恨みがあって神様こんな仕打ちをするのか理解できません。

 

アウトドアの申し子と言われるこの小林でもこの状況ではちょっと太刀打ちできないので、悩み悩み抜いた結果、一泊二日でキャンプしてくることに決めました。(するんかい)

 

ちなみにアウトドアの申し子と言われるこの小林、人生でテント張ったことありません。

 

股間のテントは張りっぱなしなんですが。

すいません、失礼しました。

 

でもまーなんとかなるでしょう。説明書見ながら頑張ります。

 

ということで前置きが長くなりましたが、久しぶりにブログ更新したいと思います。

決して緊張して寝れないからとか言った、そんなやわな理由ではないのであしからず。

 

小林モスクワでマリアとサワちゃんと感動のお別れをした後、サンクトペテルブルクという街に向かいました。

 

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街並みも綺麗で人も優しくて素敵なところです。

 

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エルミタージュ美術館。世界三大美術館の一つでございます。

 

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血の上の救世主教会。あんまり教会的なものに感動したことないんだけど、ここはすごかった。オススメです。

 

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そしてこのおっさん。人の感情を逆撫でするような顔。しかも一丁前に中指突き立ててると思わせといて、実は人差し指立ててるというお茶目っぷり。これやられても怒るに怒れない。

 

今度からむかつく奴に会ったら、これしてみたらいかがでしょうか、みなさん。

 

はい、というわけで、これにてサンクトペテルブルク編終了です。(雑)

 

これといって大したイベントも起こらなかったのでこんな感じであっさりいきます。

 

(寒すぎてほとんどホステルに引きこもってただけ)

 

でもサンクトペテルブルクは本当に素敵な街でした。いい意味でロシアっぽくないとこがまたいい感じです。

 

次回「出国審査でロシア人職員と喧嘩するも無事フィンランドに入国」の巻いきたいと思います。お楽しみに〜

無題が時に何かを強く語ることもある

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文学なしに旅を続けることは、モノクロで一枚の絵を描きあげるようなものです

 

文学という名の色彩は私の感情、感覚、思考を色鮮やかに彩り、修飾し、それらをさらなる意識へと昇華させます

 

シベリア鉄道の三等車にはドストエフスキーがいたし
アドリア海の潮風が鼻腔を刺激した時そこにはサリンジャーいたし、
サンタエウラリア大聖堂の鐘が乾いた空気を震わせた時そこにはヘミングウェイがいたのです

 

私の旅はいつも言葉があった

 

言葉と共に移動し言葉と共に眠りに落ちた

 

言葉は私が見た景色をより鮮やかに彩り、私の

感情を優しく愛撫し、時に逆撫した

 

言葉が個人的経験を超越的なものにせしめたのです

 

旅のさなか、その土地で書かれた本を読むこと、その土地で育った作家の本を読むことは、何事にも変えがたい読書体験です

 

私はいまそんな機会を失ったのです

 

この喪失感はマリアナ海溝のごとく計り知れないものです

 

この先の旅は灯台の光を目指さずしてドロドロと黒く重たい大海原を進むようなものになるでしょう

 

私は君なしで旅を続けられないほどに弱っている

 

人はそれを失って初めてそれの本質を知るほどに無知極まりない


君はどこに行ってしまったんだい

 

Kindle

 

iPod失くした時よりも深い悲しみに暮れていますがかろうじて生きています

 

失恋した気分です

なにも手につきません

こんな時ばかりはスペインの美女も無力です

 

 そして私は、スペインの陽気な風とイスラミックな雰囲気が緩やかに混ざり合いせめぎ合う街グラナダを後にして、明日美味しいパエリアを求めてセビリャという街に移動します

 

アディオス