JUN KOBAYASHI

気の向くままに赴くままに地球をふらり

シャワーの水圧と温度と女の子の相関性

そろそろ帰りの航空券を買おうかなと考えはじめた。

旅に満足したからっていう理由ではなくてお金が底を尽きたからというなんとも情けなくおれらしい理由だ。

 あとちょっぴり日本が恋しいってのもある。正確に言うと寿司とラーメンと千葉ニュータウンとモカ(愛犬)とAカップのあの子が恋しい。

 

それでも帰りの航空券を買おうかなと悩み始めてもうすぐ2週間ぐらい経つ。

 

その2週間何してたのって聞かれるととても困る。なにしてたんだろうおれ、あんまり覚えてない。

広場の工事の音で目を覚まして、おはようと同時に誰かと乾杯して、気の抜けたビールで食べかけのサンドウィッチを流し込んで、地元民で賑わう炎天下の公園を歩く。

 

これといって何も特別なことはしてないけど、こんな生活がたまらなく愛おしい。

 

帰りのチケットを買うということはこの生活に見切りをつけるということだ。こんなに悲しいことはない。

 

これは留学時代好きだった女の子が先に帰国してしまった時と同じぐらい悲しい。あの時言えなかった言葉は喉に刺さったアンチョビの小骨みたいに今も胸でチクチクしてる。

 

(バルセロナで再会したくせに気の利いたことは何一つ言えなかったおれですはい)

 

浴びるほど酒飲んで、吐いて、記憶なくして、首筋に得体の知れないキスマークと右腕に長さ15センチぐらいのミミズ腫れがあることに朝気がついて、もっかい吐いて、腹も下して挙句の果てに全身の倦怠感と寒気という風邪特有の合併症も併発してっていう生活を初子(お母さん)に見られたらものっくそ怒られるに違いないな。なんてことをぼんやりと脳内で反芻しながらぬるいシャワー浴びる。

 

あ、そういえば最近人に怒られることってないなとか思うし、怒ってくれる人がいるうちは幸せだなんてどっかの閉経間近のクソばばあが言ってたけど、たしかにそれもあながち間違いではないなと最近思うようになった。誰かおれを怒ってください、罵倒してください。トイレと部屋を日がな一日行ったり来たりするおれを罵詈雑言でけなしてください。 

 

(そしてケツ拭くたびにヤスリでケツ拭いてんのかってぐらいセンシブルになってしまったおれのケツを優しく労ってくださいお願いします) 

 

今回の旅で学んだ一番大切なこと、それはシャンプー代はケチるなってこと。1ドルとかで売ってるやつ使って秒で後悔した思い出。ガッシガシのおれのロングヘアーよさらば。排水口にたまる髪の毛たちを見てガダルカナル島で散っていた英霊たちの無念を思う。女子たちはいつもこんな恐怖と戦っているのかと思うと頭がさがる思いだ。

 

そう、だからおれはおとといパンテーンのシャンプーを買った。なんてエレガントな響き。6ドル。宿一泊分。ファッキンエクスペンシブメーン。サラサラヘアー最高サンクスメーン。

でも使ってびっくり、昔付き合ってた女の子の匂いがした。そしてなんだかその子に心臓を四方八方からボールペンで刺されたようなような痛みと、後ろから抱きしめた時の首筋から香るニホイがとても好きだったなぁだなんて甘い思い出が瞼の裏の脳内スクリーンにこれでもかってぐらい連続再生されて、これからシャワー浴びるたびに彼女のこと思い出さなきゃいけないのかよとか思ってやりきれなくなる。くそっ、目に泡入った。痛ぇ。もう甘いのか痛いのかわかんねぇ。風邪引いてるくせにダラダラぬるいシャワー浴びてるから風邪も治んないんだよな、反省。

 

それにしても匂いはテロだよ。ISISもびっくりするぐらい極悪非道のテロリスト集団だよ。

やつらは人の記憶の最深部の埃かぶったチンカスみたいな思い出ですら、鮮明な風景と質感を伴って脳を揺さぶるんだものね。そんなのだれも頼んでないのにね。思い出した時彼女はそこにいないのにね。

 

そういえばシャワーと女の子って似てるよなーと思う。

束縛が激しい子は熱湯シャワー

会話が成立しない女の子は温度調節が難しいシャワー

色気がない女の子はぬるいシャワー

冷水シャワーは口が悪い女の子

水圧が強いシャワーはキスの最中に唇を噛む子

 

自分好みの女の子を見つけるのが難しいように旅中パーフェクトなシャワーを見つけることは不可能に近い。

 

そりゃもう海外にはありとあらゆる種類のシャワーが存在する。

 

はじめは熱湯なのに2分後に真水に戻るシャワーってのもある。(このパターンが一番嫌いだ。思わせぶりな態度とっといて急にLINEぶちるなっつーの)

 

水圧は抜群だけど極寒冷水シャワーってのもある。(これはなんだか嫌いになれない)

 

水圧抜群の極寒冷水シャワーは口が悪くてキスが下手くそな不器用な女の子だ。

 

付き合ってるときは、なんでこんな女の子と付き合ってんだろってなるけど、別れてみるとあら不思議。不器用なキスが恋しくなったりする。

 

それは極寒冷水シャワーを浴び終わった、身体の芯からなんだかポカポカしてくる感覚と似ている。

 

そんな感覚はむしろ心地よい。目がシャキッとしておれ今日無敵最高岡田将生!ってぐらい爽やかイケメンになった気がする。そして普段はあんまり食べれない朝ごはんもたくさん食べれる気がしてくる。

 

違うか。

 

シャワーの良し悪しが気温に左右されるのと同じように、好みの女の子、付き合う女の子は自らの精神状態に左右される。健全な彼女は健全な男子に宿るのだ。

それは裏を返せば、あの女まじ最悪!乳首黒いくせに調子乗りやがって!とか言ってるやつはそいつ自身にも問題があるってことだ。

昔付き合ってた彼氏彼女のへの不平不満は自らに対するブーメランであることをお忘れなく。(女子もまた然りだぞ。あいつまぢエッチ下手だったとか言ってる暇あったら、お前ほんと早漏だな童貞かよクソ野郎っていう思いをオブラート包んでそいつに伝える術を磨きやがれ。たぶん全男子から感謝されんぞ)

 

何はともあれあなたが掴んだそのシャワーが素敵なものでありますように。

 

なんの話だったけ、あぁそうだ。帰りのチケットを買うに買えない話だ。ここまで長くなってしまった。

 

金も時間もないくせになにかと理由をつけてチケットを買わないのは、なんでだろ。

たぶん怖いからなんだろね。自由な暮らしを捨てることの恐れ。大人になることの恐れ。真っ当な人生を歩むことの恐れ。そうして明るみに出るであろう自分の弱さと対峙することの恐れ。そんな感情と向き合うことはたまらなく恐ろしい。逃げ切れるもんなら人生ずっと逃げ続けたい。逃げ足徒競走ではぶっちぎりで一位取る自信あるんだけど、そんなもの現実世界では1ミリも役に立たない。

 

そうかー逃げることはもう辞めにしなきゃいけないのか。無念。

 

考えてみれば今までの人生逃げてばかりだった。

児童会の執行役員。(野口先生ごめんね)ピアノの発表会。(仮病でレッスン休みまくってごめんね)入試。(市進の田中はまじ許さん)好きだったあの子。(もはや何してんのかも知らんわ)ダブルフォルトを積み重ねて負けたあの試合。(ガンディー元気かな)降りかかる責任と重圧。(責任転嫁ばっちこい)

 

あー。そんなもんからおれはずっと逃げ続けていた。たぶん人目にはそう映らなかったと思う。なんかあってもおどけてヘラヘラしてみせるのは得意だったから。ほんとはすんごい悩んで傷ついてたくせにね少年

 

でも最近思う。

にんにくマシマシこってこてのもつ鍋みたいな消化しようとしても消化しきれない後悔、焦燥、不安、恐れみたいなものと逃げないで向き合うのも悪くないなって。

そんな感情を抱えながら生きるのはきっとそんな悪いもんじゃない。苦くて、酸っぱくて、しょっぱくて、少し甘みのある、そんな搾りかすみたいな思い出とも感情とも言い切れぬ存在がその人らしさを作っていくんだなと思うようになった。

 

そう、だから彼女に伝えたいこと伝えられなかった時胸に刺さったアンチョビの小骨も大事にして生きていこーって思う。

 

おれの敬愛する草野マサムネがこう言ってた。

 

「ずるしーても ま じーめにも いきてーいけーる きーがしたよっ」て。今になってこの歌詞の意味がすごいしっくりくる。

 

どんな生き方したっていいんだよね、きっと。

ぐらーしあすマサムネ。

 

徹底的な同調圧力に基づく相互監視社会の一歯車となって身を粉にして働く覚悟はまだできてないけど、んーそーだな、なんだか日本帰る気力が湧いてきた。大好きな人たちとへべれけになるまでうまい酒飲みたいしね。

 

よし、明日頑張って帰りの航空券取ろっと。

 

そんな感じでおしまいおしまい

 

小林は旅と英語の関係性について考えた

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初めてひとり旅したのは大学1年生の春休み。大学にもろくに通わずバイトに明け暮れ、旅の資金を稼いでいた。

 

これが大学生の本来あるべき姿だと思っていたし、

(沢木耕太郎の深夜特急かなんか読んで深く感銘受けてしまったんだねきっと。それ自体は悪いことではないんだけど、やっぱりあの頃の自分は視野が狭かったなと思う。恥ずかしいなあ)

 

真面目に大学に通う人を見ては「何が楽しくて学校通ってんだろう」とか「昼休みに罪刑法定主義にについて語り合うなんてどうかしてるぜ」なんて思っていたりした。

 

そう、小林はなんとなくで法学部に入ってしまった為、勉強する楽しみをそこで見出せなかったのだ。

 

今となっては勉強を疎かにしていたことをものすごい後悔しているし、もしやり直せるなら大学一年生に戻って、教科はなんであれちゃんと勉強してみたい。勉強するってことはかっこいいことなんだよね。

 

(これは人生をやり直したいなんてほとんど考えない小林が唯一やり直したいと考えること)

 

初海外ひとり旅の行き先はオーストラリアにした。

 

なんでオーストラリアに行きたかったんだろう。

正直な話あんまり覚えていないんだけど、テレビで見たエアーズロックの姿があまりに美し過ぎたからだったと思う。旅のきっかけなんて案外そんなもの。

コアラも抱っこしてみたかったしね。

 

(旅の途中コアラは臭いって聞いて抱っこするのは諦めたぐらいだから、コアラに対する思い入れはそんな強くなかったんだと思う)

 

あとはやっぱり英語が通じる国が良かったってのもある。

大学受験もある程度頑張ったから、英語力に関しては割と自信があったし、英会話?余裕余裕って勝手に思ってた。

 

(まぁそんな幻想は後々粉々に砕かれることになるんだけども)

 

旅のルートは、ケアンズ→エアーズロック→シドニーを2週間で廻るルートを考えていた。

宿もツアーも何も予約せず、とりあえず往復の航空券だけ取って向かうことにした。

 

(人それぞれ旅の仕方があると思うんだけど、当時の小林はそういう無鉄砲な旅のスタイルがかっこいいと思ってたんだね、若いっていいなあ)

 

焼け付くような日差しと南国独特の湿り気。熱風が身体にまとわりつく感覚。

 

ケアンズの空港に到着した時襲ったあの感覚は肌感覚を通して今も鮮明に身体に刻まれている気がする。

 

しかし、小林はここである問題に遭遇する。

 

「英会話ままならない問題である」

 

ホステルの場所を尋ねても聞き取れない。

苦労してようやくたどり着いたホステルでも「今夜泊まりたいんだけど、空いてる?」っていう単調な会話さえままならない。挙句の果てには、同室になったオージーの女の子に「なんでそんな堅苦しい英語話すの?」って笑われてしまう。

 

受験英語が英会話で通用しないと身を以て知った瞬間である。難解な単語も構文も生のコミュニケーションにおいては何ら意味をなさないことをこの時知った。

 

(受験英語の全てが無駄なわけじゃないよ。それのおかげで単語力と基礎文法はしっかりしていたから、留学した時なんかは他の生徒さん達よりは伸びが早かったと思う。まぁそれでも語学の才能ある子には敵わないなぁと思ったりしたもんだけど)

 

留学という選択を強く意識したのはおそらくこの時だと思う。

生の英語に触れてみたい。欧米人と対等にコミュニケーションを取りたい。英語話せるようになってみんなにチヤホヤされたい。そんなことを漠然と考えたんだね。

 

(ある程度英語が話せるようになった今でも人にチヤホヤされることはないよってあの時の自分に教えてあげたい)

 

そんなもんだから、オーストラリアでの初海外ひとり旅は予想以上に苦労した。

 

(先住民にものすっごい高価な水奪われる事件とかクレジットカード止められて飛行機乗れない事件といった数々のトラブルはいずれ機会があれば書いてみたいと思う)

 

でもその苦労は決して捨てたもんじゃなかったと今では思う。

 

というのも、英語がわからないからこそ得られる喜びもあるからだ。

 

それは自分のブサイクな英語が苦労して伝わった時の達成感だったりするわけだけど、その当時の自分は英語がわからないからこそ何もかもに必死だった。

 

宿の交渉一つ、ツアーで出会う人との会話一つ、空港でのチェックイン一つとっても何もかもがチャレンジングだった。でもその分、それを乗り越えた瞬間大きな達成感を味わったのは確かだ。確かにあの喜びは今でも覚えている。

 

でも今となっては、そんなキラキラした喜びを味わうことはなくなってしまった。と留学を経て世界一周に旅立ち、チリのサンティアゴで燻っている小林は思うのである。

 

旅の最中において英語が話せることのアドバンテージは計り知れない。

 

まず余計なトラブルはある程度回避できること。

日本語では得られない有益な情報を入手できること。

他所の国の旅人と対等にコミュニケーションをとれること。

 

ただ個人的に、旅における英語力ってのは諸刃の剣だと勝手に思っていて。

 

というのは英語が話せるが故に、昔小林が体験したような苦労をすることが極端に少なくなるのだ。それ故に達成感を味わうことも少なくなり、旅に対する積極性が乏しくなる。そうして段々と感動が薄れていく。から

 

ドラクエで例えるならこんな感じ。

 

(これを読んでくれる人がどれだけドラクエに造詣が深いか疑問なのだがそこに関しては勘弁願いたい)

 

ある程度の英語力をもってして旅に出るということは、はがねの剣をもってして魔王討伐の冒険に出るのと同じことなのだ。

 

はがねの剣というのは勇者が冒険中盤に買うことが出来る極めてコストパフォーマンスに優れた武器であるのだが、ある程度の英語力をもってして旅に出ることは、冒険の初日、つまり王様から魔王討伐の命令を受けたその日に、宝箱かなんかからはがねの剣を偶然入手して旅を進めることに似ている。

 

(いつも思うけどドラクエ界の王様は相当鬼畜だと思う。魔王討伐を勇者に命令するくせに布の服とひのきの棒と現金200ドルぐらいしかくれないんだから)

 

そしてその事実が意味すること。それはつまりイージーモードで物語が進んで行くということなのだ。

 

考えてみてほしい、ひのきの棒から銅の剣、銅の剣から石の斧、石の斧から刃のブーメランというふうに徐々にいい武器を集めていく勇者が序盤からはがねの剣を入手できることの意味を。

 

冒険イージーモード。スライムなんてくそみたいなもんである。

 

ただしかし小林は問いたい。そんなイージーモードなゲームをプレイしていて楽しいかと。

 

楽しいわけなんてない。

 

それと同じことが世界一周にも起こりうるのである。

 

ある程度の英語力があるがために旅はイージーモードになりさがるのである。

 

旅に関してだけ言えばイージーモードなのが悪いわけではない。むしろ英語力があったほうがいいと思う。でもそれと引き換えに新鮮な感動を失ってしまう瞬間が多々あるのだろうなとこの旅で感じたことも確か。

 

(世界一周一カ国目の中国ではことごとく英語が通じず、Facebook、Instagram、LINEも使えなかったのでなかなかハードな日々が続いた。事前の下調べなしに乗り込んでいった自分を褒めたい。これに続くモンゴル、ロシアも英語が通じないからこその楽しみがたくさんあった。ドラクエで例えるならば中国、モンゴル、ロシアは、はぐれメタルと高確率でエンカウントする国。それ故に旅人しての経験値はごっそり稼げる。と思っている)

 

時々人様の旅ブログなんかを読んでいると(基本的に人様のブログは滅多に読まないんだけど)「この人全然英語話せないのにどうやって旅しているんだろう」と思うことがある。でもそんな人たちは彼らのブログ上においてとっても楽しそうなのだ。イキイキしていて無鉄砲で羨ましいなぁと心底思う。

 

そして自分はどうしてこんなに冷めた目で旅を続けているんだろうと思って急に悲しくなるのだ。

 

英語もある程度話せた。そして旅を続けていく内に自分を守る方法も学んだ。

 

(それはドラクエで言うと防御力の高い防具を買い足していくのと似ている。ドラクエの例えはもうやめにしよっか)

 

そんなふうにして旅を続けていくと、昔は非日常であった旅が日常化していく感覚を覚えた。

 

それは感動もワクワクもない生活。

腹が減ったから飢えを満たして排泄するだけの猿となり、考えることをやめそうになったこともあった。

 

危ない。考えることをやめたら本当に取り返しのつかないことになっていた。いくら考えても考えてもわけわからんこと、答えがないことを考え続けることに意味ががあるように思うようになった。そしてまたこの時代人間として産まれたことの意味を考えるようになった

 

少し話が逸れてしまった、申し訳ない。

とにかく言いたかったこと、それは「英語話せなくても話せないなりにいいことあるよ」ってこと。

 

(本当はそんなこと言いたくてこの文章を書いているのかもわからないんだけどまぁいいや、取り急ぎそういうことにしておこう。お、危ない、また考えることを放棄しようとしている)

 

前述の通り今小林はチリのサンティアゴにいます。南米にやってきて1ヶ月経過しました。

 

待っていたのは予想通り英語が通じない生活。

 

またしても遭遇した「英語通じない問題」

でも英語が通じないからこそ、旅における楽しみが増えてきました。

行くたびに水の値段が変わるミニマーケットのおじさんとの交渉も、バスの中で身にしみた理不尽な優しさも、何もかもが新鮮です。

 

ユーラシア大陸で培った経験即も旅のルールも通用しない世界。

 

正直言ってくっそ神経使うし、めんどくさいことが大っ嫌いな小林としては旅を続けること自体がめんどくさくなっている気がします。

 

それでもなほ旅を続けていられるのは、この南米という異世界が理不尽で美しいから。

 

理不尽だからこそ美しく興味深いのかもしれない。

 

まーそうでも言ってないと、すぐ荷物まとめて日本帰りたくなっちゃうってだけなのかもしれないけど。

 

さあ、19歳の小林が必要性に駆られて英語を勉強し始めたのと同じように、今年25歳になる小林は必要性に駆られてスペイン語を勉強し始めるのかどうか、乞うご期待。

 

(でも結局スペイン語に苦労しなくなると、旅に飽きたととか言いだすんだろうなー。我ながらどうしようもない性格をしているなと思う)

 

 

 

 

サンクトペテルブルク紹介(超簡易版)

ご無沙汰しています。稀代の遅筆家小林です。

早漏なのに遅筆家です。更新頻度の高い遅漏よりはましなんじゃないでしょうか。どうでしょう、女性の皆さん。

 

ところで私今現在、チリのプエルトナタレスという街にいます。

そして明日からパイネ国立公園というパタゴニア地方随一のトレッキングスポットで四泊五日のトレッキング兼キャンプを予定しています。

キャンプというと聞こえはいいですが、はい、どん。見てくださいこれ。

 

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地獄です。なんの恨みがあって神様こんな仕打ちをするのか理解できません。

 

アウトドアの申し子と言われるこの小林でもこの状況ではちょっと太刀打ちできないので、悩み悩み抜いた結果、一泊二日でキャンプしてくることに決めました。(するんかい)

 

ちなみにアウトドアの申し子と言われるこの小林、人生でテント張ったことありません。

 

股間のテントは張りっぱなしなんですが。

すいません、失礼しました。

 

でもまーなんとかなるでしょう。説明書見ながら頑張ります。

 

ということで前置きが長くなりましたが、久しぶりにブログ更新したいと思います。

決して緊張して寝れないからとか言った、そんなやわな理由ではないのであしからず。

 

小林モスクワでマリアとサワちゃんと感動のお別れをした後、サンクトペテルブルクという街に向かいました。

 

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街並みも綺麗で人も優しくて素敵なところです。

 

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エルミタージュ美術館。世界三大美術館の一つでございます。

 

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血の上の救世主教会。あんまり教会的なものに感動したことないんだけど、ここはすごかった。オススメです。

 

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そしてこのおっさん。人の感情を逆撫でするような顔。しかも一丁前に中指突き立ててると思わせといて、実は人差し指立ててるというお茶目っぷり。これやられても怒るに怒れない。

 

今度からむかつく奴に会ったら、これしてみたらいかがでしょうか、みなさん。

 

はい、というわけで、これにてサンクトペテルブルク編終了です。(雑)

 

これといって大したイベントも起こらなかったのでこんな感じであっさりいきます。

 

(寒すぎてほとんどホステルに引きこもってただけ)

 

でもサンクトペテルブルクは本当に素敵な街でした。いい意味でロシアっぽくないとこがまたいい感じです。

 

次回「出国審査でロシア人職員と喧嘩するも無事フィンランドに入国」の巻いきたいと思います。お楽しみに〜

無題が時に何かを強く語ることもある

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文学なしに旅を続けることは、モノクロで一枚の絵を描きあげるようなものです

 

文学という名の色彩は私の感情、感覚、思考を色鮮やかに彩り、修飾し、それらをさらなる意識へと昇華させます

 

シベリア鉄道の三等車にはドストエフスキーがいたし
アドリア海の潮風が鼻腔を刺激した時そこにはサリンジャーいたし、
サンタエウラリア大聖堂の鐘が乾いた空気を震わせた時そこにはヘミングウェイがいたのです

 

私の旅はいつも言葉があった

 

言葉と共に移動し言葉と共に眠りに落ちた

 

言葉は私が見た景色をより鮮やかに彩り、私の

感情を優しく愛撫し、時に逆撫した

 

言葉が個人的経験を超越的なものにせしめたのです

 

旅のさなか、その土地で書かれた本を読むこと、その土地で育った作家の本を読むことは、何事にも変えがたい読書体験です

 

私はいまそんな機会を失ったのです

 

この喪失感はマリアナ海溝のごとく計り知れないものです

 

この先の旅は灯台の光を目指さずしてドロドロと黒く重たい大海原を進むようなものになるでしょう

 

私は君なしで旅を続けられないほどに弱っている

 

人はそれを失って初めてそれの本質を知るほどに無知極まりない


君はどこに行ってしまったんだい

 

Kindle

 

iPod失くした時よりも深い悲しみに暮れていますがかろうじて生きています

 

失恋した気分です

なにも手につきません

こんな時ばかりはスペインの美女も無力です

 

 そして私は、スペインの陽気な風とイスラミックな雰囲気が緩やかに混ざり合いせめぎ合う街グラナダを後にして、明日美味しいパエリアを求めてセビリャという街に移動します

 

アディオス

 

恋愛の形

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モスクワではカウチサーフィンで知り合ったマリアとサワといううら若きカップルのお家にお世話になった。

 

もともとカウチサーフィンのアカウントは持っていたのだけれど使ったことはなく、世界一周の旅に出てからいつか使ってみようと思っていたのだ。

 

カウチサーフィンとは〜で〜なサービスである。

 

気になった人はwikiで調べてみたらだいたいお分かり頂けると思う。

 

wikiのリンクを貼るほど私はマメな人間ではないし、タダで有益な情報を提供するほど優しくはない。

 

でも気が向いたら、"〜で〜なサービスである。"の部分を書いてみようかなと思うミーハーな人間でもある。

 

まぁ、簡単にいうとカウチサーフィンとは、"旅行者がタダで現地の人のお家に泊まることのできるサービス"

 

である。

 

そのカウチサーフィンを初めて利用したのがモスクワだったわけだが、マイファーストカウチサーフィンエクスペリエンスはとてもとてもいい思い出となった。

 

以下馴れ初め

 

マリアから私のお家に泊りませんか?というオファーがくる。聞くところによると彼女は日本語を勉強しているらしかった。

 

プロフィール画像を確認したところマリアがとても可愛かったので即OKを出す(やましい気持ちしかない)

 

待ち合わせ場所に向かい合流する。やはり可愛かったのでテンションがあがる。

 

家までの道中マリアは彼氏と同棲していることが発覚する。

 

萎える。

 

お家に到着する。マリアの彼氏サワと対面する。

 

 サワは感じのいい好青年であったので、邪な気持ちしか持ち合わせていなかった自分が情けなくる。

 

こんな風にして始まったモスクワでの生活。

 

2人はまず、お手製のボルシチで私を出迎えてくれた。

ボルシチとはウクライナ発祥と言われる伝統的なスープであり、材料に赤大根が使われているのでなかなかファンシーな見た目をしている。

お味の程はと言うと、うん、そうだな。
たくさん野菜が入った土の香りが芳ばしいうっすーーーーーーーーいコンソメスープを想像してほしい。


お分かり頂けただろうか?

そして美味しいかどうかのコメントは差し控えさせて頂けると助かる。

 

マリアとサワはモスクワの大学に通う19歳の大学二年生で、マリアは政治学と日本語、サワは経済学と中国語を専攻していた。

 

なによりもまず私を驚かせたのは、彼らの勉強に対するストイックな態度である。

 

朝早く起きて、今日の授業の予習は当たり前。授業を終えて帰ってきたらその日勉強してきたことの復習。夕食を食べたら今度は語学の勉強とレポート作成。

 

といった感じで暇さえあれば勉強している。

 

夜遊びをすることは滅多にないらしく、お酒もほとんど飲まない。
私がビール飲みたげにソワソワしているのを見て付き合いで一杯飲んでくれる程度である。

 

テスト期間ぐらいしか学校に行かず、朝から晩までバイトに明け暮れ、稼いだお金は無益な飲み会に消えていくといった不毛な生活を5年近く送ってきた私にとって、彼らの勤勉な態度に頭が下がる思いであった。

 

でもそんな2人だって男と女なわけで、やることはやっているわけで。

 

ある朝、何の気なしにサワの首筋に目をやったらあられもないほど特大のキスマークが3つほどついてるのを目撃してしまったんですよ。

 

「あれ、サワその首のキスマークどーしたの?」

とここぞとばかりにいじり倒す24歳ニート。(たんなる僻み)

 

「あ、いや、え、その…」

としどろもどろのサワ。

 

「あれマリアがやったの?」と攻撃の手を緩めない24歳ニート

 

もはやなんて言ってるかわかんないけどものすごい恥ずかしそうにしてるマリア。

 

か、可愛い。。

 

ほどなくして、どっちが先に手出したとか、私はそんなつもりじゃなかったとかいう、親密な言い争いが始まったのでなんだか急にいたたまれない気持ちになってしまった24歳ニート。

 

(なにしてんだろおれ…)

 

もうね、単純に羨ましかったんですよ。2人の関係が。

 

 朝起きる時間も一緒、ジムに行く時も一緒。

ご飯も一緒に作って、一緒に勉強して。

たまにどっちが皿洗いするのかで喧嘩して、さっきまで喧嘩してたと思ったらいつのまにか仲直りしてて。

ってゆーその関係が微笑ましすぎて、羨ましすぎて。

 

人の恋愛にとやかく口を出したり、自分の恋愛を俯瞰して眺められるほど大人になったわけじゃないけれど、2人の姿を見て、十代の頃の熱っぽさとか、ある種の危うさといった甘酸っぱい青春を思い出して単純にいいなぁって。

 

十代なら十代、二十代なら二十代といった、その時々でしかできない恋愛の形があると思うし、マリアとサワの二人のようにそういう恋愛の形を楽しんでいる人を見ると胸がソワソワするほど羨ましく思う。

 

友達そっちのけで、何をするにも一緒。そんな彼らの生活は彼らの年代にこそ相応しい。

 

と、今年25歳になるニートは思うのでした。

 

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国民性ってなんだろう

 

天候や気候が国民性に与える影響について考えていた。

 

 

太陽がサンサンと照りつける情熱の国で生まれ育った人間と
冬の間、日照時間が極めて短く平均気温がマイナス10度を下回る国で生まれ育ったと人間との間には火を見るよりも明らかな違いがあって然るべきである。

 

 

例えば同じヨーロッパ大陸というくくりにおいてもその違いは明白である。

例外はあれど、スペインに暮らす人々は総じてにこやかで陽気である。
時に経済活動が滞り若年層の失業率が60%を超えたとしても人々はシエスタ(長いお昼休憩のこと)をやめない。
彼らには彼らの生活リズムがあり逼迫した緊張とは無縁の生活を送っている。

 

 

スペイン人のことを悪く言うつもりはまったくなくて、私はむしろそういう生き方が好きだしそうやって生きたいと常々思っているが、彼らの国民性というものはいささか怠惰な気もする。

 

 

まず彼らはあまり勉強熱心ではない。

勉強に費やす時間よりもパーティーで踊っている時間の方が圧倒的に多い。

二日酔いで授業をすっぽかす、または遅刻するなんてことは日常茶飯事だ。

 

 

私は自他共に認める不真面目な人間であるので、向こう見ずな彼らの生活スタイルが好きだったし、むしろ率先して飲みに誘ったりもしていた。

 

 

類は友を呼ぶとはよく言ったものだなと思う。

 

 

それに対して今回旅をしたロシアという国の人々は、例外はあれど総じて気難しいし、話したとしても口数は少ない。彼らは常に無表情を貫き、見ず知らずの旅行者に優しくするような人は滅多にいない。

 

 

でもそれは致し方ないことのように思うのだ。

 

 

これは極めて個人的意見であるのだが、誰だってあんな極寒地帯で暮らしていれば当然口数は少なくなるだろうし、赤の他人を思いやる余裕は、常夏の国に住む人間と比べて否応無しに少なくなるはずである。

 

 

なぜなら彼らの生きることに対して注ぐエネルギー量は温暖な気候の国に住む人間のそれと比べて遥かに多いのだから。

 

 

少し極端な例になるけれども、温暖な気候の国に暮らす人々は、寒さで死ぬということはない。食べ物を確保することも寒冷地帯で暮らす人々と比べたら比較的容易なはずである。

 

 

しかしロシアに暮らす人々は違う。

彼らはマイナス20度を下回る状況を生き抜かなくてはならない。

そのためにはマニュアルを遵守しみんながみんなルールを守りながら働かなくてはならない。

 

 

なるほど、共産主義が産まれた背景ももしかしたらここにあるのかもしれない。それついてはいずれ考えてみたいテーマでもある。

 

 

少し話は逸れたが、そのようにロシア人という人々が置かれて来た状況を鑑みると、彼らの国民性にだってだいたいの納得がいく。

 

 

今となっては技術の進歩に伴い、自然環境的な厳しさが国民性に与える影響はそんなに高くないと思われる。

 

 

が、しかし過去においてはそれが大いに影響したと個人的に思うのだ。

 

 

天候や気候というものが我々の先祖に与えた影響は計り知れず、その影響下のもと文化や習慣が形成された。

 

 

そしていつしかそれらが遺伝子の奥深くに刻まれ、発露した結果がその国の国民性であるに違いない。

 

 

なーんてことをロシアを旅している間に考えたりした。

 

 

人間暇を持て余すとよくわからんことを考えはじめるものだなーと思う。

 

 

たぶん古代ギリシアで哲学が発達した理由もこれだ。

 

 

労働は奴隷が一手に担い、知識階級は働く必要性がなかったから哲学や芸術に耽ることができ、結果としてそれが花開いた。

 

 

なるほど、私はいま社員の社畜化という奴隷制度から解き放たれ、現代におけるアリストテレスになろうとしているのかもしれない。

っていうスーパーポジティブニートの戯言。

帰ったらちゃんと就活しよーと思います。

 

 

おしまい。