JUN KOBAYASHI

気の向くままに赴くままに地球をふらり

世界一周から帰国して思うこと

帰国して40日と2日が経過した。日数に関して言えば特に深い意味はないのだけれど、意識的にか無意識的にか、振り返ることを遠ざけていたような気がする。人生で一番無意味な1年を振り返ること(人生に意味を求めなくなったという意味でこの1年は無意味ではなかったと思う)、それはつまり濃密かつ空虚な360日に及ぶ日々、旅(旅は日々であり日々は旅であるなんて安っぽいことを言いたいわけではない)を自分の中で再定義することだ。

 

経験を言葉に落とし込んだ途端その経験は本来自分が得たものとかけ離れていってしまう気がして、こういった「経験を振り返る」といった作業が苦手だ。そうして無理して紡がれた言葉はどうも嘘のきらいがある。(ただそれでも物書きを生業にして生きていくと決めた以上それは避けて通れない業でもある)義務教育の弊害ここに極まれり。修学旅行の感想文だって体育祭の思い出だって夏休みの読書感想文だって「楽しかった」でいいじゃないか。それ以上でもそれ以下でもない。純粋な感情以上に美しい存在は純粋な憎悪以外世界に存在しえない。

 

物事にはいつだって2つの側面がある。いや、もしかしたら3つも4つも10000ぐらいあるかもしれない。それでいいのだ。むしろそれがいいのだ。なのに人はいつも物事の片面だけを手に取ってわかった気になっている。サランラップにだって表と裏があることさえ知らずにね。

 

世界に存在するありとあらゆる事象を見渡したって、あれはあれ、これはこれ。と簡単に線引きできることなんてほとんどない(と勝手に思っている)

なのに人は対象を線引きしたり、枠に閉じ込めようとしたり、ラベリングしたりして物事を理解しようとする。

 だから現実と事実の間に齟齬が生まれ本質を見紛うのだ。現実は事実であり事実は現実ではない。

 

なぜ人はそういったできもしないことをするんだろう。

 

たぶんそれは「恐怖」故だ。

 

わからないからこそ怖いのだ。未知なる恐怖。

でも人は理解不可能と思しきものを少しでも理解できた瞬間その恐怖は少し軽減される。

そう、知ることで人は強くなるし知ることで世界は広がるのだ。

 

だから私は知ろうとした。モンゴル人をロシア人をアイスランド人をコロンビア人をキューバ人を。

彼らの文化を、彼らの生活を、彼らが何を思い何を考え生きるのか私は知りたかった。そうすることで私は強くなりたかった。世界を広げたかった。(知ることは不必要なトラブルを回避することでもある)

 

モンゴル人の何者も拒まない懐の広さ、ロシア人の真面目で実直な生き様、大自然に生きるアイスランド人の叙情性、コロンビア人のおせつけがましい親切心、キューバ人の底の見えない明るさ。

彼らの持つ生命体そのもののエネルギーは今でも私の中に生きているし、欲を言うならば私の日本人としてのエネルギーも何らかの形で彼らの中に刻まれていればいいなと控えめに思っている。

 

それでも長く旅していると彼らとの出会いに疲弊することもあった。言葉の通じない苛立ち、相反する価値観、混沌の中のコミュニーケーション。

自らのことで精一杯で人に目をやる余裕もない日もあった。生きるために歩き、生きるために話す。生きることが第一条件であった。

疲れ果てた身体はベッドの奥深くに沈み込み、浅い睡眠が悪夢をまぶたの裏に描き、どうすることもできない恐怖から目を覚ます。

できることならこのまま眠り続けていたいと思う日が一年のうち三分の一ぐらいはあった。

先行き不透明な現実は焦燥感をもって思考を妨げるがしかし、思考をやめた瞬間待つは死のみ。思考し続けなければならない怖れが続く毎日。

 

そんな時思ったのだ私は。

人の前に世界があったのだと。人が世界を作ったのではない世界はもともとそこにあったのだと。

 

モンゴル人もロシア人もアイスランド人もコロンビア人もキューバ人も、その土地に生きているならばその土地の自然の影響を多かれ少なかれ受けているはずだ。

ならばその土地の自然に接することでその土地の人々のことがより一層わかることができるかもしれない。そう考えるようになってから私は人と触れ合うことより自然の中に身を置くことを大切にして旅を続けた。

 

良いも悪いもない。人の一生が多様なように旅の仕方も人によって千差万別だ。(世界の美食だけを求めて旅を続けるスペイン人に会った時は羨ましさで発狂するかと思ったが)

 

私はこの旅に出るまで、呼吸を止めてしまいそうになるほど静かな森の緑も見たことがなかったし、死ねるほどの海の青さに飛び込んだこともなかったし、泣き出したくなるほどに美しい太陽の赤にも出会ったことがなかった。

 

およそ地球上の人間の半数以上が一生かかっても到達できない世界に私は齢四半世紀にして既に出会ったのだ。

 

そうして私は知らされた。なにも知らなかったということを知らされた。

 

ありふれた幸福論をかざすつもりはないがその時私は幸せだった。

 

世界は善意と悪意のステレオタイプで満ち溢れていて、私は知らず知らずのうちそのようなステレオタイプに侵されていた。ある時そのステレオタイプは機能したし、ある時、いやほとんどの場面においてそのステレオタイプは覆された。

 

本当のことなんてなに1つわかってはいなかった。テレビやSNSを介して得られる情報は見栄えよく切り貼りされて加工された一部分でしかないのにそれが真実だと錯覚する。

ある意味私たちは情報化社会の被害者だ。知りたくもない情報が氾濫し過ぎていて知りたい情報は簡単に手に入らない。圧倒的な情報量の前に人は無力だ。

 

こうしてあなたが私の文章を通して見た世界も私によって切り貼りされた世界の一部分でしかない。それは私にとっての真実であるがあなたにとっての真実ではない。

 

結局のところ本質的な理解とは自らの原体験に依拠するしかないのだと思う。

 

その理解が正しいのか正しくないのかが問題なわけではない。思考し経験しまた思考すること。このプロセスが重要なのだ。

 

 旅立つ少し前に書いた文章で私はこんなことを言っていた。

 

「点と点を結んだその線上にある時間と空間、人間との関係性、そのいっさいの中に自分自身を置くこと。置かれた状況を生き抜くこと。そして楽しむこと。」

 

「行きたいから行く。食べたいから食べる。眠いから寝る。シンプルな衝動こそ真っ直ぐで美しい。」

 

私の旅は24歳の自分が掲げた目標に忠実だった。こんな旅の仕方はもう二度とできないだろうし、あの時点ではこれが限界だったのだと思う。

生きて帰ってきた今、これでよかったのだと、これが正解だったのだと胸を張って言える。

 

おつかれ自分。

 

東京にはもう長いこと雨が降り続いている。

肌に刺さり肉をえぐるような冷たい秋雨だ。おかげさまで風邪も引いた。声帯はどこかにいってしまった。だから書くことしかできなかった。

ただどうしてもそんな時に書く文章には雨の匂いが染み付いてしまう。

まーそんな文章も嫌いではないのだけれど。

 

でもやっぱり心の中では空高い秋晴れのような文章を書きたいなと思っていたりもする。

 

 明後日には晴れますように。